恩師の訃報。
中2から音大ピアノ科時代までお世話になった
ピアノの恩師・吉田文子先生が
6/28に亡くなられた。享年68歳。
1年半前にご自宅にお見舞いを兼ねて遊びに行き、
先生の伴奏で歌って遊んだのが最後になってしまった。
お電話で話したのは半年ほど前であった。
近いうちにご連絡を、と思いつつ…。 残念である。

昨日、四ッ谷の聖イグナチオ教会にお通夜に行ってきた。
6年ほど前にクリスチャンになられていた先生は
白やピンクのお花が沢山飾られた大聖堂で、
教え子達を含む大勢の参列客に献花され、見送られた。

最後にどうしてもお会いしたいと思い、
ご親族の方々もお顔を見させていないにも関わらず
一番最後に全員が教会を出た後にこっそり
棺の中の先生に会わせていただいた。

頭にはマリアヴェール、胸にはロザリオがかけられ、
ヘンレ版のバッハのパルティータの楽譜と
パデレフスキー版のショパンの楽譜が胸に乗せられていた。
お顔の脇には亡きお父様の写真と、
ウィーンの師匠・ディヒラー先生の写真。

「90歳のディヒラー先生から2日に1回は
 “シッカリしろ!頑張って長生きしろ!”なんて励ましの電話を
 貰ってんのよ。私の方が若いのになさけないわよね。
 アハハハッ!」

と大声で笑っておられた1年半前の吉田先生を思い出した。

吉田先生は最初から私に「ピアノじゃなくて声楽の道へ!」と
勧めてくださっていた。
「ピアノでも何でも、基本は声楽だ」と仰り、
例えばバッハの3声インベンションなどでは
1番上の声部を右手で、一番したの声部を左手で弾きながら
真ん中の声部を声に出して歌わせる、という練習方法をさせられた。
それが出来たら今度は一番上の声部を歌いながら、
真ん中の声部を右手、一番下を左手で弾く練習。

また、時には「リズム感が無さ過ぎ!」と仰って、
メロディーを歌いながら(あるいはシャベリながら)庭で
縄跳びをさせられた。
ピアノの前に座り、両手両足、クチを使わされてのレッスンは
どこの門下もやっていない事であった。
楽しかった反面、結構難しかったっけ。

音大ピアノ科4年生の時に
「芸大の声楽科を受けてみたいんです。」と言うと、
物凄く喜んでくださり、

「卒業演奏試験なんか落第しない程度にテキトーに弾けばいいから
 とにかく芸大受験に向けて頑張りなさいよ!!
 あ〜〜〜よかった!アナタは歌に向いてると思ってたのよ〜!」

と何度も何度も言ってくださった。
(卒試を控える学生にそんな事を言う先生が
 一体どこにいるというのか?!w)

声楽の道に進み、コンサートをするごとにご案内差し上げていたが、
ご多忙中に何度も来てくださった。

「有名なコンクールを制覇して、世界的に有名になって
 活躍する演奏家もいるけど、
朝、窓を開けて “おはよう〜〜!” と声をかけて
近所から “おはよう〜〜!” という反応が返ってくるような、
 身近なところに音楽の楽しさや喜びを伝えて行く。
 そういう演奏家も大切よ。
 アナタにはそういう人になって欲しいわねぇ。」

というお言葉を忘れない。
笑顔のチャーミングな、ちょっとズッコケの
心のあたたかい先生でした。
先生に背中を押されて声楽の道に進んでよかったです。
これからも天国から見守って、応援していてください。
ご冥福をお祈りいたします。
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by mikale | 2008-06-30 15:42 | 個人的なこと | Comments(4)
Commented by がえこ at 2008-06-30 22:59 x
mikaleさま

はじめまして。突然のコメント、失礼いたします。
短い期間でしたが、私も吉田先生にお世話になった一人です。
現在は海外に居り、すっかりご無沙汰していましたので
知人からのメールで吉田先生の訃報を知りました。

もぅ20年以上前のこと、先生のお宅で何度かチェンバロを弾かせて頂いたことを、
最近になって思い出し自分の拙ブログに書こうとしていた矢先だったので
本当に驚き、思わずPCに向かって検索していました。

レッスンの時にはご自分の海外での体験談を聞かせてくださったり、
いつもレッスンに行くのが楽しみでした。

先生の胸にはパルティータの楽譜がのせられていた、と。
今、細々とパルティータを練習しています。
ますます練習に励もうと思います。
先生のご冥福を心よりお祈りもうしあげます。
Commented by はな at 2008-07-02 17:15 x
mikaleさま

はじめまして。
突然の書き込み、失礼いたします。

私も、学生時代文子先生にお世話になっていました。
突然このような訃報を耳にし、ただただ驚くばかりです。

私もどうしても最後に先生にお会いしたくて、葬儀に行ってきました。

mikaleさんの日記を読ませていただき、文子先生のレッスンの懐かしい思い出がよみがえってきました。
旋律を歌わせ、足でリズムを取る・・・私もやっていました!

先生は本当に温かな人柄でした。


私も、なぜか訃報を聞く数日前に文子先生のことを思いだしていました。
ピアノを弾きながら「文子先生は、目を閉じて内声も聴いてあげなさいっておっしゃっていたなぁ」などと思っていました。
そして、「文子先生、元気かな?連絡とってみようかな」と思っていた矢先の出来事でした。

文子先生に教わったことを胸に刻み、今後も努力していきたいと思っています。

文子先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
Commented by mikale at 2008-07-08 00:40
がえこ様

コメントを頂いていた事に今気づきました。
遅ればせながら、初めまして。
棺の中の吉田先生、今にも目を開けて
「あらぁ〜!久しぶり!」とでも仰りそうな、
穏やかな表情をされていました。
残された我々同門の弟子達が演奏会や学校など
現場で活躍するのを楽しみにしてくださっていた先生。
これからも我々の活躍を楽しみに、天国から眺めて
くださるにちがいありません。
Commented by mikale at 2008-07-08 00:51
はな様

遅ればせながら初めまして。
吉田先生は、「音楽や、音楽するご自分に対して
大変厳格であられ、我々弟子達1人1人に対して
分け隔てなく丁寧に熱心にご指導くださった恩師」
でありましたが、その反面 実にズッコケキャラでもあられ、
卒業してからの先生のイメージは
「ちょっとその辺にはいらっしゃらない、愉快で変わった先生」
といった感じに変わって行きました。
本当に書ききれない程 先生の愉快なズッコケ話があるのです。

亡くなる2年前に2度ほどお見舞いがてら遊びに行きました。
その時に、
「ウチのダンナが先に死んだら私生きてけないわぁ!(笑)
 私、ダンナの料理のお蔭で今まで生きてんのよ!(笑)
 だから私の方が先に死にたいわぁ!!アハハハッ!!」
と仰っていました。
その通りになってしまわれたわけですが…
今頃天国で、悪びれもせずに
「オトーサンごめんね〜先に逝かせてもらっちゃった!」
なんて笑顔で舌を出されているような気がします。
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